かぐや姫の罪と罰とは!?

はじめに 


 

 

 

「竹取物語」は有名な話の一つ

 

ジブリの映画に表現された

「かぐや姫の物語」の世界は、原作に忠実でありながら

よりかぐや姫に感情を寄せ

その想いを感じ、共感する

そんな映画だったよう思う。


 

 

生きるとは何か 


 

 

かぐや姫が来た

月の世界は苦しみがなく、

老いることも死ぬこともない、

極楽浄土のような場所。 

 

 

不安もない

葛藤もない

ためらいも

悲しみも

切なさもない

 

 

願えば

そのまま叶う

 

そんな世界

 

一方で、地球では草木や花が生い茂り、

喜びに溢れているが、

悲しみや辛いこと、月にはない苦悩に溢れている。  

 

 

しかし、かぐや姫は 

この地球にやってきた。 

 

 

そして、様々ことを体験し

人間に絶望したかぐや姫は月に助けを求めてしまう。 

 

そして、

記憶が戻ることで何故地球に憧れたのかを思い出すのだ。 

 

彼女が地球に憧れた理由

月には無い鳥や獣、草・木・花と触れ合い

切磋琢磨すること

「生きる喜び」を味わいたかったのだと。 

 

そして彼女は人間の汚れである辛い部分も含めて 

「生きる喜び」として受け入れて地球で生きることを再び望むのだ。 

 

 

「さあ参りましょう。清らかな月の都にお戻りになれば、

そのように心ざわめく事もなく、この地の穢れも拭い去れましょう」 

と迎えに来た月の使者に向かって 

 

 

「この世は穢れてなんかいないわ。みんな彩りに満ちて、人の情けを…」と声を荒げた。

 

彼女は、地球上でたくさんの苦しい想いをしたのに、

それでも“彩りに満ちていた”とその記憶を肯定しようとしたのだ。 

 

 

 

かぐや姫の罪と罰とは!?


 

 

かぐや姫の高畑勲監督は

ユリイカ 2013年12月号 特集=高畑勲「かぐや姫の物語」の世界

中のインタビューでこのように語っている。 

 

 

 

だって原作に書いてあるんですよ。

姫は「昔の契りによって来たんだ」と言うし、

お迎えの月の人は「罪を犯されたので下ろした」が、

「罪の償いの期限が終わったので迎えに来た」とかね。

 

僕のアイデアは

罪を犯してこれから地上に下ろされようとしているかぐや姫が、

期待感で喜々としていることなんです。

 

それはなぜなのか。

地球が魅力的であるらしいことを密かに知ったからなんですよ、きっと。

 

 

しかしそれこそが罪なんだと。

しかも罰が他ならぬその地球に下ろすことなんです。

 

 

なぜなら、地球が穢れていることは明らかだから、姫も地上でそれを認めるだろう。

そうすればたちまち罪は許される、という構造。それを思いついたんです〉

 

 

 

それに対して、インタビューを担当した中条省平はこう問いかけている。

 

人間的な感情や欲望があり、

さまざまな色に満ちている人間界というものが

そもそも罪なんだということですよね。

 

しかし、すべて純潔で清浄な月世界にとってはそれは罪だけれど、

当の人間にとってはかけがえのないことであって、

その罪や穢れも含めて現世を肯定しようという意志を感じました〉 

 

これに高畑監督は「まさしくそういうことです」と答えている 。

 

 

 

思う存分体験すればよい 


 

かぐや姫が体験したように

この地球の暮らしは様々なことがある。 

 

 

この宇宙の美しさ、完璧さとは裏腹に

わたしたちはいつもこの現実との狭間で

色々な感情を味わい、体験し、

そして、新たな自分に出会っていく。

 

 

もしも、地球が

純潔で清浄な月世界のように

なんの苦悩も苦しみも罪や穢れも一切ない世界であったとしたら!? 

 

それは

「生きる」という感覚とはなた違うものとなるだろう。 

 

 

抵抗あってのこの世界

 

 

笑い、泣き、食べ、歌い、走り、

そして獣、虫、魚、鳥、草木、花とともに生きる。 

 

 

欲望と穢れの世界 

様々なことが人生に全てのことが

人生の彩りに他ならない。 

 

月に帰っていくことで「死」を表現しているならば 

わたしたちは、その時なんと思うだろうか!? 

 

きっと、かぐや姫のように

喜びも悲しみも苦悩や葛藤も全てを愛おしく

忘れたくないものと思うのではないだろうか!? 

 

結局、月の使者に矢を放とうと

何をしようとかぐや姫は何の抵抗もできなかった。

それと同様に 

「死」というものからわたし達は逃げることはできない。 

 

ならば、

思う存分、この地球で体験できるあらゆるものを

味わい尽くせばよい。 

 

わたし達は、誰しもがかぐや姫なのかもしれない。

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プロフィール

武島綾子 Ayako Takeshima

 

 

アメナルミチ代表

 

 

徳島出身、沖縄県在中

 

9人家族の末娘

 

保育士10年

 

3人の子育てをしながら

 

野外保育園運営

 

コミュニティー運営を経て

 

主催イベントは150回を超える

 

人生のテーマは

 

 

「自分を生きること」

 

 

この一点から湧き上がる思いを形に

 

武島綾子のこれまで

 

アメナルミチのこれまで

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